大日本帝国陸軍 歩兵

軍の主兵はここにあり!

呼び名は「歩兵(ほへい)」。階級は中佐。

歩兵はまさに「軍の主兵」であり、あらゆる戦場において常に最も根幹となる極めて重大な任務を担う。

歩兵の戦闘の本質は凄絶な近接戦にあり、小銃や機関銃、火砲や各種投擲兵器を駆使した射撃戦を展開する。特に射撃は歩兵戦闘の大部分を占める生命線である。そしてもう一つ、日本歩兵の代名詞とも言える戦い方が「白兵戦」であり、熾烈な射撃戦の末、銃剣を身に繰り出し突撃を敢行して敵陣地を制圧する。
歩兵1
いかなる過酷な地形、いかなる悪天候であっても泥に塗れて戦い抜き、最終的に戦闘の勝敗を決する最後の役目を担っている。

圧倒的多数の歩兵

基本的に戦争における勝利とは、戦闘を経て敵の領土を直接「占領・確保」する事にある。この領土の占領において中心的な役割を担うのは歩兵であるため、極論すれば他の兵科・兵種はすべて歩兵の任務達成を支援するために存在していると言っても過言ではない。とりわけ日本陸軍は歩兵への依存度が極めて高く、軍全体の編成も歩兵を中心に組み上げられていた(※歩兵科以外の部隊は『特殊部隊』と称されていたほどである)。

また、陸軍内に多様な兵科が存在する中で、構成人員の圧倒的大多数を占めるのが歩兵である。平時における「師団」は多種多様な兵科を統合した総合運用部隊であるが、その基幹はあくまで「歩兵連隊」であり、一般的な師団には必ず歩兵連隊が組み込まれていた。例を挙げれば、平時師団の総員が約1万2000人であれば、そのうち約8000人が歩兵という比率である。戦時となれば師団規模はさらに膨れ上がるが、その過半数は勿論、場合によってはほぼ歩兵のみで編成される事すらあった。

さらに、師団の骨幹をなす歩兵連隊は編成が固く固定された最大級の基幹部隊であり、天皇より直接「連隊旗(軍旗)」が親授されていた。そもそも兵(国民)は本籍地によって入営する歩兵連隊が定められた「連隊区」という区分が存在したが、この区分が各都道府県の境界とほぼ合致していたため、歩兵部隊は非常に地域と密着した「郷土部隊」として親しまれていた。

歩兵の多さは一兵卒にとどまらず、士官(将校)の数においても歩兵科が他を圧倒していた。陸軍士官学校の卒業時においても、半数以上が歩兵科へと配属されていたのである。

陸の期待を受けて

明治15年に立案され、明治17年より10ヵ年計画で発動された大掛かりな「軍備拡張計画」の時代にその存在が確立された。この計画は国内の内乱鎮圧から、外征(対外防衛)へと本格的に視点を切り替えた歴史的な転換点であった。

この軍拡に伴い目覚ましい成長を遂げた歩兵は、「東京陸軍地方幼年学校」へ入学し、次いで「陸軍中央幼年学校」、さらには「陸軍士官学校」へと王道を進む。歩兵は陸軍の命運を握る基礎的存在であったため、象徴である「陸」も特に目をかけており、士官学校時代には自ら教官となって直接歩兵の指導にあたる事もあった。その後、エリートの登竜門である「陸軍大学校」をも修了し、陸軍の王道を堂々と歩んでいく。

初陣は日露戦争。以降も数々の激戦地を駆け巡り、陸軍の主兵としてその重責を完遂していった。

メインビジュアル

メインビジュアルでは「昭五式軍衣」を着用。現場指揮を想定した身なりであり、軍刀や拳銃に加え、作戦図面を収める図嚢を身に付けている。(※MMDモデルでは「九八式軍衣」への変更や装備の脱着も可能)。

勿論、時代の変遷や戦局に応じて適宜身に付ける軍装を着替えている。

責任感が強く、頼りになる兄貴

一人称は「俺」。
軍の主兵たる重責を担うため、責任感は人一倍強い。仲間意識が極めて強く、面倒見の良い性格から、周囲の全兵科から絶大な信頼を寄せられる「頼れる兄貴」である。

また、長距離を行軍し泥に塗れて叩き叩き上げられた歩兵ゆえ脚力が極めて強く、体格も非常にがっしりした体型である。
歩兵2

師であり親友、そして魂の拠り所である「陸」

歩兵部隊の基礎を築いたのは、ほかでもない「陸」である。歩兵の絶対的な重要性を誰よりも理解していた陸は、彼の成長に絶大な期待を寄せ、歩兵自身もその情熱に全身全霊で応えて見せた。やがて時代が進み、組織の巨大化に伴って陸が政治的・組織的な諸事に忙殺されるようになると、歩兵が陸軍の軍事面を現場から力強く支えるようになっていく。

また、膨大な重圧と苦労を一人で抱え込む陸に対し、歩兵はその心にどこまでも寄り添い続けた。かつての「教え子」から「頼れる右腕」、そして「かけがえのない親友」へと成長を遂げていったのである。陸にとっても、全軍の重荷を共に分かち合える歩兵は精神的な心の支えであり、互いの心理的負担を背負い合う絶対的な関係性で結ばれている。

砲兵・工兵との強い絆

「歩・騎・砲・工」は陸軍を象徴する四大兵科であり、その中心を成す存在である。中でも「砲兵」と「工兵」は幼少期からの同世代であり、無数の苦楽を共にしてきたかけがえのない親友同士。付き合いが長く、陸に対する敬意とはまた異なる、フランクで気兼ねのない信頼関係で結ばれており、公私ともに仲が良い。歩兵自身は「自分がこの3人の中で一番上の兄貴分だ」という自負があるため、砲兵や工兵に対して若干兄貴風を吹かせがちである。ただし、オフの時などは二人のおふざけやノリにうっかり乗っかって楽しんでしまう事があり、そんな無邪気な瞬間を陸に目撃されては慌てて取り繕うのがお約束である。

若獅子「戦車兵」と肩を並べて戦う

元々「戦車」は歩兵の進撃を直接支援する兵器として誕生したため、戦車部隊は長らく歩兵科の傘下に属していた。しかしその後の技術革新に伴い、戦車兵は歩兵科から独立を果たす事となる。これは工兵のもとを巣立った「飛行」に似た経緯であるが、工兵たちと大きく異なるのは、巣立った後も戦場において常に密接に協同し続けた点にある。

戦車は圧倒的な火力と機動力で敵陣を破砕できるものの、敵の陣地を直接占領し維持し続ける事はできない。そのため、戦車部隊にとって歩兵との高度な協同(歩戦協同)は極めて重要であり、独立後も常に戦場で肩を並べて戦い続けてきた。

ただし歩兵側としては、独立後も戦車兵に対して「元・保護者」としての親心が抜けきらず、何かとおせっかいや小言を焼きがちである。当の戦車兵からは「煙たいお節介焼き」として扱われているものの、歩兵の不器用な誠実さを一番よく知っているため、何だかんだと言いながら信頼し合っている。

現代では

現代では「陸上自衛隊 普通科(ふつうか)」として勤務。階級は「2等陸佐」。旧陸軍における「歩兵科」に該当するため、現代の陸自においても最大の勢力を誇る大黒柱である。現代の普通科は高機動力と高い火力を兼ね備えており、時代の変化に合わせて進化を続ける頼もしき「兄貴」である。

また、陸上自衛隊の象徴である「陸自」も職種としては普通科に属しているため、歩兵は彼の教育係・良き指導者としての役割も担っている。
歩兵3
軍帽を脱ぐ
歩兵4
九八式
歩兵5
略帽
歩兵6
四五式
歩兵7
もふもふ
歩兵8
陸自(常装冬服)
読了